自主健康管理期間5日目
自主健康管理期間5日目
ついに残り2日になってしまいました。
明後日には、自分の家に帰宅することが許されます。
嬉しいですが、内心は少しドキドキしています、、、。
というのも、2ヶ月間も家を開けていたので、
湿気や虫の影響を受けていないか不安で仕方ありません。
カビが生えたりしない様に、家の至る所に湿気取りを置いてきましたが
2ヶ月間もの湿気に耐え切れているでしょうか、、、、。
虫や爬虫類に至っては、隙間だらけでどこからでも出入り可能なので
防ぎようがありません。
家に帰ると、全て自分で処理しなければならないことを考えると憂鬱です。
何もないことを祈るだけです( ゚д゚)
明後日、すぐ隔離部屋から出ることができる様に、
明日のうちに部屋を掃除して、荷物をまとめて、最後の洗濯をして、、、、
考えているだけでうずうずします!!!!!
やっぱり早く自由の身になりたいです^_−☆
近頃はもう隔離部屋内でできることも底をついて、
プロ野球の珍プレー・好プレー、引退セレモニーを見て、
笑ったり、驚いたり、感心したり、感動したり、
1人で様々な感情と向き合っています(笑)
小さい頃家族や親戚と一緒にプロの試合を見にいっていたのを思い出して
懐かしい気持ちになりました。
その頃一流選手として大活躍していた選手たちが、
時が流れ今では指導者として若手の選手に慕われている姿を見るのは、
なんだか不思議な気持ちになります
そんなに時間は経っていない様に感じますが、試合日時を見ると、
中には10年以上も前のゲームがあったり、
それは何もかも変わっていて当然だろうと1人で納得していました(笑)
家族や親戚と野球観戦にはめっきり行かなくなり、
今では友人とばかりですが、コロナウイルスの大流行以来、
人が集まるドームには訪れていないので、
次回日本に帰国した際には絶対に試合観戦に行こうと思います^^!!!
寝て起きたら、もうラスト1日です、、、、
あーーーーーーーー楽しみ!!!!!!
台湾でまさかの、、、、
自主健康管理期間4日目
4日目ともなれば終わりが見えてきて、
気持ちの面でも少しだけ明るくなれているような気がします。
約1ヶ月間の隔離生活もまもなく終了、また忙しない毎日に戻るかと思うと、
嬉しい反面、悲しい反面、、、(笑)
しかし、自由に外出できるのは、やはり嬉しいですね!
隔離から解放されたら、美味しいものを食べに行ったり、
台湾でしか経験できないことをたくさんしたいです。
経験といえば、、、いつの日か兄から言われました。
『自分で稼いだお金は自分の経験のために惜しみなく費やすこと』
前学期の途中からアルバイトを始め、日本に帰国するまでの3ヶ月間
週に4〜5日間ほど、学校が終わってアルバイトをする生活をしていました。
3ヶ月間でいただいたお給料、、、
18600元(=69800円)
時給換算すると160元(=600円)日本では考えられないお給料だと思います。
高校時代は部活で忙しく、その上校則で禁止されていたためアルバイトはできず、
高校を卒業した後は毎日朝から晩まで中国語の勉強に追われていて、
あの頃の自分にはアルバイトをする体力と気力の余裕がありませんでした。
もっと自分を追い込めばアルバイト1つくらいできたのかもしれませんが、
両親も切羽詰まっている私をみてアルバイトをすることを強要することもなく、
ただ見守ってくれていました。
そういうわけで恥ずかしいことに私は日本でアルバイトをした経験がないので、
20歳目前で人生初のアルバイトを
台湾で経験することになりました。
アルバイトをする前から決めていたことが1つだけあります。
『初めてのお給料は全額家族と友人に使う』
自分のためではなく、愛する家族といつも助けてくれる友人のために何かをする!
それだけを目標にアルバイトを始めました。
私は3兄弟の末っ子で小さい頃から自由奔放、
「あれやりたい!これやりたい!ここ行きたい」とわがままばかり言って、
それはそれはとんでもない娘だったと思います。
母の優しさに甘えて、強くあたったり、思ってもない言葉を言ったり、
反抗してばかりで、最低な娘だったということを
今この文章を書きながら思い出しました。
もし私に自分の様な娘がいたら絶対に育てられません、、、(笑)
全力で愛してくれる母と、そっと見守ってくれる父。
親って本当に偉大です。
そんな大問題児の私が、家族の元を離れ、1人で台湾に来ることを決め、
何か一つでも成長しているところをみせて家族を安心させたかった。
その思いが強かった様に思います。
末っ子として甘やかされてきた私が成人し、
兄弟全員が大人の仲間入りした今回を区切りに、
自分なりに家族にお礼のプレゼントがしたくて、
3ヶ月間それだけを目標に頑張りました。
「家族にプレゼントなんて当たり前でしょー」と思うかもしれないけれど、
今までの感謝の気持ちと、大人になったという証を
ずっと持っていられるモノをとうして家族全員に送りたかったんです。
今の自分ではこのレベルで精一杯でした、、、
でも、きっと少しは成長を感じてもらえたはず、、、、です!
次いただいたお給料は、
兄の教えの通り自分の経験のために使いたいと思います^_−☆
人生初のアルバイトを台湾ですることになるとは、、、
想像もしていませんでした。
人生って本当に何があるかわかりません、これだから面白い!
つまらな過ぎる私のローテーション
自主健康管理期間3日目
合計3週間もの長期間隔離をしていれば、体もだいぶ慣れてきて、
1日のルーティーンのようなものができあがるものです。
朝、5時頃に目が覚めて、体温を測ったり、記入報告をして
「まだ早いな、、、今日は何をしようかな」と思いながらウトウトしていると、
いつの間にか眠っていて、次目を覚ますのは8時頃。
急に動き出すと身体がびっくりするので少しの間ゴロゴロして、
頭が起きたことを確認して1日の行動開始。
顔を洗って、歯を磨いて、水を汲みに行って、
朝ごはんのバナナと青汁を飲む。
部屋を少しだけ掃除して、小腹が空いたら、
買っておいているフルーツを食べて、
隔離が終わったらしたいことリストを書き出したり、
今後の予定を組んだり、動画を見たり、
なんだかんだ時間は過ぎるもので、
お昼頃から始めると、なぜか夕方になっていて、
夕飯を買いに行く準備をして外に出ると日は沈んで真っ暗。
買って部屋に戻って食べ終わる頃には8時過ぎ。
夜の体温測定をして再び報告。
そこからシャワーを済ませて、なんやかんやしていると
あっという間に就寝の時間。
眠たいモードに入っても、運動量が少なくてなかなか眠ることができなくて
試行錯誤した結果、Youtubeで睡眠導入してくれる音源をかけると、
すぐに眠れることが判明して、近頃はYoutubeにお世話になってます^^
就寝直前に、「また明日起きたら隔離に1日近づくんだ!」
ということを考えながら目を閉じるのが今1番幸せを感じる時間かもしれません(笑)
それでは、毎日恒例の夕飯紹介をしたと思います^_−☆
『鹽酥雞(イエンスージー)』
こちらも先日紹介した『滷味(ルーウェイ)』同様、自分の好みの食材をチョイスして
お店の人に渡すと、揚げて味をつけてくれます。
辛さ・ニンニクとパクチーをプラスするかも自分で選択できます。
私が毎回チョイスするのは
チキン・ヤングコーン・ポテト・魚のすりみ・豆腐 ~ ピリ辛
です!
台湾の夜市や屋台で食べることができる
リーズナブルでお酒にもぴったりのローカルフードなので
是非食べてみてください!!!
洗濯ってなんか楽しい
自主健康管理期間2日目
冬休みも終わり、今日から学校が始まる。
学生がたくさんいて、みんな楽しそうに話していて、
チャイムの音とバイクの音、笑い声がうるさいほどに賑やかな音が
聞こえてくるのかと思っていたけれど、
目を覚ましたとき聞こえてきたのは小鳥の囀りだけだった。
想像をしてたよりもはるかに静かで、少し寂しい気持ちになったけれど、
洗濯をするためにランドリールームに行くと、
窓の外には、台湾らしい数え切れないほどのバイクが止めてあった。
『台湾の大学にいるんだ、、、』
そう思うことができる風景だった。
授業に来てないことを心配して連絡をくれるクラスの友人も、
ご飯をちゃんと食べたのか確認してくれる友人も、
2ヶ月近く会っていないせいか、1週間後に会うことを考えると、
なんだか少し照れ臭く思えてしまう^^
朝起きて、歯磨きをして顔を洗って、
昨日スーパーで購入したフルーツを食べる。
ただそれだけだけれど、すごく平和な気持ちになった。
部屋の中を整理したり、足痩せに効くストレッチをしてみたり、
そして今は、洗濯が終わるのを待っているこの時間も
普段だったら面倒だと感じてしまうけれど、
行動が制限されているこの隔離期間では、
何かができるだけで嬉しく感じる。
今日の残りの楽しみは、
乾燥機から取り出した後のあたたかい洗濯物を畳むこと、、、
自主健康管理期間2日目
自主健康管理期間1日目
昨日の投稿で初日と書きましたが、厳密にいうと0日目ということになります。
この健康管理期間も、隔離期間と同じように+1日で計算しなければならないので
7泊8日ということになります、実質8日間です。
台湾のほとんどの大学は明日から後期の授業が正式に始まります。
大学内は帰省していた場所から寮に帰って来る学生で溢れかえって、
学校まで家族が車で送ってくれて、
寮の部屋までたくさんの荷物を一緒に運んでいる姿、
やっぱりいつ見ても羨ましい気持ちになります。
長期休みが明け、学校が再開する前日の寮の前の空間が、
親から子供への愛と思いやりにあふれているのが
ひしひしと伝わってくるからでしょうか。
家族の側に居る、家族が側にいてくれる
ただそれだけで、とてつもなく幸せなんだと思います。
そんな当たり前なことも、奇跡なんだということを、
留学生活を通して、心の底から実感させてもらっています。
帰国するときに持たせてくれるたくさんの食料も、
毎回飛行機に乗る直前に母がくれる手紙も、
お味噌汁を買ってきて持たせてくれる父の優しさも、
不安になってる暇はないと思わせてくれる兄の言葉も、
普段と変わらない態度で見送ってくれる姉も、
ずっと側に居ることはできないけれど、
1つ1つの行動全てから愛が感じられるので、
台湾人は側に家族がいていいな、、、と思いながらも
私は頑張れているのだと思います。
明日から、チャイムの音、話し声、笑い声、バイクの音
いろんな音が聞こえてきそうで、
賑やかな学校に戻るのが少しだけ楽しみです^^
私はまだ授業には出席できないのですが、、、
賑やかな音で、学校生活を感じたいと思います(笑)
それでは、今日の食事紹介をしたいと思います。
今日の夕食は『滷味(ルーウェイ)』でした!
ルーウェイは、自分の好みの食材・タレの味を選ぶもので
油が多い、野菜が少ない台湾料理の中で珍しく
油が少ない、野菜が多い、救世主のような料理で、
日本人留学生からも人気があります。
食材を選ぶ屋台の様子の写真も今後投稿したいと思います。
今日も最後まで読んでくださってありがとうございます^^
自主健康管理期間1日目
自主健康管理期間1日目
前回までは、『隔離期間』という時間の過ごし方について投稿してきましたが、
今日からは、『自己健康管理期間』という名称に変更され、
2週間の隔離期間に比べると、少しだけ行動規制の緩和がされます。
日用品や食事を買いに出かけることが許され、
なるべく人が多く集まる場所を避けるように、
外出ができるようになります。
しかし、私は学校の寮で実質隔離ともとれる生活になるので、
後1週間は不自由を覚悟しなければなりません、、、。
隔離ホテルを出たのは、10:30
2週間振りの台湾の外はもうすでに暑くて、
半袖で生活できるのではないかと感じるほどでした。
フロントの方にタクシーを呼んでもらい、大学まで戻ってきました。
私たちがタクシーを降りた途端に、消毒液で車内を消毒し始めるタクシー運転手。
2週間の隔離が終わってもまだなお、『危険物』という認識をされてしまうことに、
仕方のないことですが、少し悲しい気持ちになりました。
大学に到着して、担当の方を呼びにいった際も、
ゴーグル・マスク・手袋の完全防備姿で接せられ、
寮に入る際も、エレベーターは使用させてもらえず、
50キロ近い大荷物を、自力で階段を使用して運ばされるなかなかハードな扱い。
隔離開け早々なかなか大変な1日でした。
部屋に着いた後は、最低限の日用品を購入しに少しだけ買い物に行きました。
目に見えるもの、耳に入ってくるもの全てが中国語ということに、
なんだかワクワクしました^^
余計に早く自由の身になりたい思いが強くなりました。
隔離生活最終日
ホテルでの隔離生活、今日で最終日を迎えました!
2月5日に台湾に入国して、14泊15日。
今日の深夜0時を過ぎるとこの隔離ホテルから出ることを許されます。
1年前、世界中でコロナウイルスが流行り始めた頃、
前回隔離された際は2週間の隔離生活が長く感じて、
冬休みで2ヶ月近く日本食ばかりを食べていたので、
舌が日本食に慣れてしまっていたせいか、
なかなか台湾のローカルご飯を受け付けず、
体重も落ちてしまい、
この先がそうなるかもわからないという状況で
家族と離れてしまった極度の不安に、
自分自身に、「大丈夫!」と言い聞かせて、
感情をコントロールすることで精一杯だったことを思い出しました。
そんな1年前の隔離生活に比べると、
今回はメンタル的にも落ち着いていたし、
食事も特別強く拒否してしまうこともなく、
前回よりも時間が経つのが早く感じました^^
明日の朝、ホテルをチェックアウトして、
本来ならば家に戻り、『7日間の自主健康管理期間』を送るのですが、
私は大学側からの指示で、その期間は学校の寮で過ごさなければなりません。
緩めの隔離生活+1週間
ということになるので、本当に自由になるのは後1週間後ということになります。
どうこういっても仕方のないことなので、
少しの辛抱と思って、許されている範囲での外出など、
息抜きしながら生活しようと思います^^
それでは、今日の食事紹介をしたいと思います!
まずは、朝食『チョコレートトースト』
次に昼食『白米と持参したミネストローネ』
最後に夕食『未定』
今日は部屋の片付けのために普段よりも早くブログを書いているので
未定です^^
隔離ホテルからの投稿は今日で最後になります。
明日からは、緩めのかくりと、台湾生活について投稿していこうと思います。
今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。